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【神社巡りあわら市総集編】福井県あわら市の全神社参拝して感じたおすすめ5社

更新日:4月2日

あわら市の神社全部参拝して思ったおすすめ5社バナー

 先日、あわら市横垣の神明神社を参拝しあわら市の全神社の参拝を終えました。あわら市のイメージとしてあまり歴史的な話は少ないのかなと思っていましたがとんでもない間違いでその歴史の豊富さを感じ、人が住めば歴史が創られることを痛感しました。ここではおすすめのあわら市の5社をピックアップ。その象徴的な神社をご紹介していきます!

 

1、あわら市滝 白山神社

鎮守の杜に眠る不動明と滝の瓦・あわら市滝の白山神社

まず、おすすめしたいのがあわら市滝地区の白山神社。鳥居をくぐって広がる境内はまさに鎮守の杜のように木々が茂り木漏れ日が射しています。その木のうねりや根っこは独特の世界観を広げてくれます。


 また、拝殿の横脇の橋を進むとある不動明王がなんともこの雰囲気に合って神秘的な気分にさせてくれます。境内にそびえ立つ巨木はその存在感を見せつけ小さな水の流れは心地よさを感じます。


 以前は滝の瓦と言われ、旧金津地区使われた瓦の生産盛んな地域で現在も多くの滝の瓦があわら市の寺社仏閣に残ります。


 小川にかかった橋を渡ると不動明王が祀られています。

 境内に流れる小川。古い神社には素晴らしい巨木があります。ここ白山神社にもうねるような根を持った巨木が境内にいくつか見られ突然、別世界へ迷い込んだような気分にさせてくれます。

 横には境内社・神明神社のとっても低い中山鳥居がありますがその存在感は大きなものを感じます。その横には旗本小屋がありますがそこの屋根瓦には刻印が残っていて地元の滝の瓦を使用していると考えられます。

 

2,あわら市中番 春日神社

越前国・春日神社の父神でもあるあわら市中番の春日神社

このホームページでも何回かご紹介しているあわら市中番に鎮座する春日神社。平安時代、この辺りは奈良の興福寺領として藤原氏の影響を受けた荘園でした。その藤原氏はアマノコヤネノミコト(天児屋命)を祖神とし春日神のひとつとして祀られています。特に越前国ではこのアメノコヤネのみを祀ることが多く、タケミカヅチ、フツヌシなどの他の春日神に比べ多く祀られています。


そんな中、この中番の春日神社は本荘春日神社と呼ばれ荘園の各地にある春日神社すべての父神としてその中心となる神社となっています。これはもともとここには式内社・井口神社が鎮座しており継体天皇時代からこの辺りは拠点として栄えていたと考えられ、藤原氏が力をつけた平安時代でもこの春日神社が鎮座する本荘地区(上番・中番・下番)は坂井平野の中心地として栄えたことが分かります。継体天皇が活躍した西暦500年頃から戦国時代に至るまでここ本荘地区は坂井平野の大きな拠点のひとつと考えて間違いないと思います。


本荘春日神社拝殿前で左右に伸びる参道。右は井口神社。

正面向かって右の石祠は井口神社。御祭神は継体天皇。式内社でもある。


戦国期になるとあわら市の戦国武将・堀江氏が番田地区を拠点とし朝倉家に仕えますが、永禄10年(1567年)朝倉家に謀反を起こしました。その堀江氏はここ本荘春日神社に陣を置いたと言われます。一大勢力を持つ堀江氏は継体天皇や藤原氏が築いた本荘地区の勢力を引き継いだため、大きな力を持ったと考えられます。


神社の建物についても注目する点は多いです。江戸期には本荘地区の東に位置する伊井地区には寺社仏閣を得意とする職人が多く住みそれらを伊井大工と呼びその腕前は志比大工(永平寺町志比地区の大工で永平寺や福井城などにかかわった職人集団)に劣らないとまで言われていました。現在はその面影もほとんどありませんがここ本荘春日神社は伊井大工が造った社殿であり元禄12(1699)年に建立されていて福井県の指定文化財となっているのも注目のポイントです!

 

3、あわら市笹岡 八幡神社

伊井大工の作品か?本殿に彫られた唐獅子・あわら市笹岡の八幡神社

先ほどの本荘八幡神社にも登場した伊井大工。あわら市の神社建築のレベルがググっと上がっているのはこの職人集団・伊井大工の影響が大きい。それが関わっているのかはわかりませんが、ここあわら市笹岡地区の八幡神社の本殿には細かな彫刻が一面に広がっていて、田舎の神社とは思えない繊細な造りとなっています。


ここ笹岡地区は熊坂地区と近いため真宗高田派の影響が強い地域です。この神社に関しては情報があまりありませんが仏教色の強い建築物だったのではないかなと感じます。



 社殿は新しく整備されていて見事な唐破風の屋根造りです。背面には2面の彫刻があって2匹の唐獅子が彫られています。


彫刻のある本殿には透明の雪囲いがされていて彫刻は目視で確認できます。側面にある彫刻。唐獅子が多く彫られているのが分かります。こんなに立派な彫刻があるんですが文化財に指定されているわけでもなくその情報も少ないのがとても残念です。

 

4,あわら市北潟 八雲神社

安徳天皇を祀る越前平家終結の地・あわら市北潟の八雲神社

あわら市北部にある北潟湖の西側に鎮座する八雲神社。ミヅハノメとスサノオ、そして安徳天皇を祀っています。安徳天皇と言えば壇ノ浦の戦いで平家と共に海に消えたわずか8歳の天皇。平家が後ろ盾とする天皇。そんな安徳天皇がなぜここに祀られているのか?


実はあわら市北潟地区と平家との繋がりはとても強く、平清盛が深く信仰した牛頭天王社があったとされ明治の神仏分離によってスサノオを祀る現在のここ八雲神社と改称しました


木曽義仲が北陸を通り京へ上ったころ越前国は平家が治めていました。そんな平家が加賀篠原の地で木曽義仲率いる源氏軍と激突!敗れた平家は四方に逃げた。そんな中、牛頭天王を祀るここ北潟地区には多くの平家の武士たちが身を隠したといわれます福井県には平家落ち武者伝説は多い。ここに集まった平家の武士は家族を連れさらに山奥へ逃げる者、木曽義仲へ再度、戦いを挑むもの。ここ北潟地区はそんな平家の武士たちが迷いそして決断した地だったと考えられます。


 そんな北潟地区に祀られた平家の正当性を示す安徳天皇を平清盛の深く信仰した牛頭天王の地に祀ったことは平家の武士達がそれぞれの想いをこの八雲神社に詰め込んだがように感じます。



 八雲神社の本殿。地震対策で赤い鉄パイプで固定されている。その次の写真は石塔が崩れたような石群ですが矢印Bは石の屋根がいくつも重なる層塔の基部の部分で鎌倉時代から南北朝時代のもと考えられています。上の丸い矢印Aは近年、誰かの手のよって置かれたもので年代が違い石の苔の付き方が違います。これは供養塔の一種と考えられます。もうひとつの写真の六角堂のような石の建造物は少し仏教的な造りのように感じます。

 

 確認したことはないのですが八雲神社のお祭りでは神輿の前に旗行列が先導するらしく、その旗行列には紅白の旗を立てるらしくそれぞれを赤魔剣、白魔剣と呼ばれ源氏の白旗・平家の赤旗を表しているとも言われています。

 

5,あわら市清滝 蔵王宮

山岳信仰を感じる山の中の長い階段・あわら市清滝の蔵王宮

あわら市清滝地区には山々に囲まれた地域で石川県との県境に近いあわら市の山の奥といった雰囲気の地域です。


民家と山の境には猛獣除けの柵が張られていました。そんな柵に入り口があり中に入ると右と左に道があります。その道を左に進んでいくと蔵王宮の鳥居と長い階段が現れます


その階段を進んでいくと少し開けた場所に出て一段高いところに2つの石祠があります。


その雰囲気はとても神秘的で初めて参拝したときはなぜかドキドキしたのを覚えています。


 猛獣避けの柵を左手に向かうと長く細い階段があります。木々に囲まれた階段を登る時間はとても清々しいです!

 柵を超えて右側に行くとあわら市清滝の八幡神社が鎮座しています。


 この蔵王宮の情報はとても少なく詳細は分かりません福井県の神社庁のホームページにあわら市熊坂地区の春日神社の境外社に蔵王堂があると記載されています。少し距離はありますがもしかするとこの蔵王宮のことを言っている可能性もありますが詳細はわかりません。


 またあわら市清滝地区には1176年の経筒が発見されていてこの付近に山岳信仰と関連する寺院があった可能性はとても高いと思います。1176年は興福寺領河口荘としてあわら市は大きく発展している時期なので関係性はあるのではと考えます。清滝地区の入り口には石像もあり山の中には薬師神社もありこの辺りはとても興味深いです。


 

 まだまだ紹介したい神社は多いのですが、厳選した5社を紹介しました。まだまだ探索して深掘りしていきたいあわら市!また参拝しに行きたいです。あわら市の神社103社はデータベースに登録し皆様にご覧いただける状態になっていますので是非、ご覧ください。境内社を合わせると100を超える神社となります。越前国全神社参拝を目標にしているですが、あわら市だけでもこんなに興味深く深掘りしたくなるので越前国全神社参拝はまだまだ時間かかりそうです。そしてまだまだワクワクが続きそうです!







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