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坂井郡33座のひとつ国神神社は??【式内社】丸岡城に鎮座していた國神神社と考える!
丸岡町の中心部に鎮座する國神神社。きれいに整備され初詣や丸岡祭りなどではたくさんの人々でにぎわいます。『「延喜式」神名帳に、坂井郡の「國神神社」としてその名が残る式内社で、一二〇〇年以前の創建である。社伝によると、継体天皇と倭媛との第二の皇子である·椀子皇子が隆誕した地「磨留古乎加」に皇子の胞衣(=胎児を包んだ膜と胎盤)を埋めて神明宮とされたのが起こりとされる。天正四年に、柴田勝豊(柴田勝家の甥)が「磨留古乎加」に丸岡城を築城した際に、元あった場所から現在地に移された。「磨留古乎加」は「丸岡」の地名の由来となった。歴代丸岡城主の保護と崇敬を受けて、本多家時代の丸岡城下を描いた「円陵略」「丸岡城下絵図」「正保城絵図」のうち「越前国丸岡城之絵図」(国立公文書館蔵)にも、丸岡城郭の南側に「神明社」として描かれている。もと豊原寺の院家のひとつで丸岡城下に移った「宝積院」が、神社の別当寺として隣接していたという。
o_kataka
3 時間前
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あわら市の神社徹底深堀!あわら市で祀られている神様の傾向を分析!
あわら市の神社を全参拝が終わりデータをこのホームページに登録しいろいろ見ていました。あわら市ならではの特徴や珍しい神社などをここでピックアップし、マニアックな視点からあわら市の神社を分析しました。1、加賀の白山比咩大神・キクリヒメを祀る越前の白山神社2、絶大な勢力を持った藤原氏
o_kataka
2024年4月7日
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細呂木郷の中心地・神宮寺城跡の寺から城への変貌!
令和3年にあわら市指定文化財の指定を受けた神宮寺城跡。その説明には加賀一向一揆に対する最前線の重要拠点とあり、それ以上の説明はない。不思議に思いこの神宮寺城について深堀りしていくと南北朝時代、さらに奈良時代にまでさかのぼり興味深い内容がぞくぞくと出てきたのでここにまとめます。
o_kataka
2023年2月12日
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藤原氏が治めた荘園・河口庄に残る春日神社 北国荘園
645年の大化の改新。それは藤原氏の始祖・中臣鎌足と中大兄皇子(のちの天智天皇)などが当時、天皇をしのぐ権力を持つ蘇我氏の蘇我入鹿を暗殺しその権力を天皇のもとに戻した改革。中大兄皇子を助け大化の改新に尽くした中臣鎌足は天皇より藤原の姓をいただき藤原鎌足と呼ばれる。そして跡を...
o_kataka
2022年2月22日
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十郷用水に伝わる鹿伝説と十郷十社の春日神社
鹿が導いた水路として伝わる福井県坂井市の十郷用水。十郷とは10の地域を指し、その10の地域にはそれぞれその地域を束ねる郷社として春日神社が鎮座している。これを十郷十社といい現在もすべての神社が現存しています。
o_kataka
2020年12月19日
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