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明智光秀の新婚時代の思い出の地!福井市東大味町の明智神社 大河ドラマ『麒麟がくる』

更新日:2022年2月22日



明智光秀の越前時代は彼にとってどんな時代だったのかを考えると、1553年に照子と結婚し1556年に越前入りされた考えられている。1563年に玉(のちの細川ガラシャ)が生まれる。明智軍記には1528年生まれとなっている。


これらを考えると25歳で結婚して28歳で越前に入り35歳で玉が生まれる。玉は三女として生まれるのでその間にも子供は生まれている。つまり明智光秀にとっての越前は新婚時代とも考えらるので夫婦の仲が良かったとされる明智光秀にとってはラブラブで平和な時代ではないかな~と思います。そんな思い出深い地域だった越前を1573年に焼き払おうとした織田信長。当時45歳の光秀は必死に、この地域の住民の命を助けてほしいと柴田勝家に懇願する書状を送る。


この地は安堵され地元の方々が感謝の気持ちを込めて明智光秀を祀ったといわれます。ただ、謀反人・明智光秀を大きく祀るのは問題があるのでこの小さな祠を隠れるように守り祀ったといわれています。





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