top of page
  • 泉州 閑爺

鯖江市 三里山 波打岩 伝承を検証する(第3話)

更新日:4 日前




1.鯖江市と越前市にまたがる三里山

(標高346m)、その北側山麓に鎮

座する古社、加多志波神社の社伝

には、「三里山の波打岩には、太

古にはその岩壁まで波打つ海であ

った」との伝承が残されている。

即ち、「鯖江の地名は、太古の

昔、海湾入江で且つ鯖の豊漁地で

あったことに由来する」とのサバ

読み仮説の証左となる貴重な伝承

である。

また、加多志波神社は、その断崖

巨岩である波打岩と波つき岩に接

  した地形的鎮座位置と、上記伝承

から、その創祀が、なんと6千年

以上前に遡る海洋と巨岩磐座を神

格とする縄文神道起源と比定でき

る程に重要で、大切に保存・継承

したい悠久の歴史を秘めた国宝級

大古社であると言える。

しかしながら、この貴重な伝承を

根拠の一つとして、鯖江や鯖波の

古代は「海湾入江で鯖の豊漁地で

あった」と理論的に唱えられる郷

土歴史研究家や専門家にはまだ出

会えていない。

2. 地理的には、三里山北側に面している「波

打岩」、「滝の岩壁」や「波つき岩」の存

在位置を特定してみたが、標高約80~180

mの山稜断崖に露出していて、その標高レ

ベルまで波の打ち寄せる海岸線であったと

は想像しがたい。

しかしながら、試しに、P/Cソフト「スー

パー地形」で海進シュミレーションをして

  みると、縄文海進時代の約7~4千年前の

鯖江の入江の海水面と三里山の断崖岩壁波

打ち面は、同じレベルで水深3~9mの海面が迫っていた様に表示される。 


従い、現在に至る約6千余年の期間に、三里山の上部谷間より流出する表層土砂が、岩壁面の低

位波打ち部(岩壁裾部)に堆積し扇状地地形を形成し、その扇状地が更なる土砂の堆積で上昇拡

大した結果、現在の標高レベルの山稜(扇状地)上部に岩壁面が露出した形で存在していること

は、右下のイメージ画像で説明の通り、地質学的にも十分説明可能と考える。


3.波打岩の存在について、川島町

の古老が言うには、昔、子供

の頃は町内集落から見えてい

たが、現在では更新の無い樹

林ですっかり覆われ見えなく

なっていて、地元民の過疎化

も影響し、波打岩や波つき岩

の存在やその伝承を知る地元

民も少なくなってきている

と。

加多志波神社は、縄文起源の

悠久の歴史を有する大古社に

もかかわらず、保護・保全さ

れるべき文化財の指定は無

く、その運営は川島町民に委

ねられている模様。お社は叢

林(そうりん)に覆われ人目

を憚るようにひっそりと佇ん

でいる。